その日、掲示板に張られた啓介の写真の下には「当選」と言う札が貼られていた。
「対抗馬なし」
「アユム先輩が言ってたけどさ、立候補しようとしてた人はいたんだと」
掲示板から離れ、階段に向かいながら創始は柚木を見る。
「じゃぁどうして?」
創始の問いに柚木は苦笑した。
「募集がかかって真っ先に立候補届けだしたのが、あの人だったらしい。
それを知って、立候補を取り下げる人が何人もいたって話し」
「策士だ……」
「なぁ…。普段真っ先に行動するタイプの人じゃないのにな…」
立候補者はすぐには公開されない。
ただ、立候補届けを出しに行った人だけ、その時届けを出している立候補者を
知ることができる。
適わないと思えばその場で取り下げられるのだ。


「あ、ところでさ」
創始は立ち止まりすでに自分の数段先を上っている柚木の背中に声をかけた。
一段上に右足をかけた形で振り返った柚木は「ん?」と返事をする。
「副会長推薦枠」
言いながらトントンっとリズム良く階段を登り、柚木に並んだ。
「柚木のクラスだろ?」
「あ?あぁ。あいつな」
「…安藤慎一郎」
ぬっと割って入った声にビクッと2人は振り返る。
「し…新平…」
「安藤慎一郎…その名前を俺の前で口にするなぁ!!!」
キィィィィっと暴れる新平を横目に聖が後を追ってくる。
「口にしてるのは新平ですよ。柚木、創始おはよう」
「よぉ」
「はよ」

「なに、あれ?」
暴れる新平を指しながら、創始が聖を見る。
聖は「いえ、ただの好き嫌いです」と答えると、新平に近づくように階段を上った。
「静かにしてください。朝からそこまで付き合いきれませんよ」
ピタっと動きが止まり口をへの字にして聖の顔をジーっと見つめる。
「お前、冷たすぎ!!!どうしたの?とか、なんでそこまで嫌がるの?とか聞けよ!」
「聞き飽きました」
さっさと教室に向かう聖の背中を切なそうに見送っていた新平は「ひじりん!」と
後を追いかけた。
「お前知ってる?」
創始が柚木を見る。
柚木は肩をすくめて苦笑した。
「一度な、新平がEに来てバカやってたんだよ。
皆が笑ってる中、安藤がただ1人笑わなかったわけ」
「……はぁ…」
気の抜けた返事を返す。
「それどころか、ため息だけを残して教室を出てったんだよ」
「それだけ?」
「そう」
「本当に?」
「おぉ」
「あほだ…」
信じらんねぇ。と言葉を吐き、創始はまた柚木と並んで階段を上り始めた。
「あいつらは根本的にあわねぇんだよ」
4Fにつくと二人はそこで左右に分かれた。


「うーっす」
中に入ると数人のクラスメートがすでに来ていた。
柚木はいつもの窓際一番後ろの席にカバンを置くと
そのまま前に向かって歩き出した。
「よぉ。伊達先輩当選おめでと」
「………」
本を読んでいた顔がちらりと自分を見上げる。
「関係ない」
「ま、よっぽどの事がない限りお前も当選確実だな」
ニヤニヤと笑う。
慎一郎は後ろを振り返り柚木を見た。
「うるさい」
「そう怒るなって。生徒会に入れば好きなように出来るだろ?
良いほうに考えろよ?」
「だったらお前がなったらどうだ?」
慎一郎の後ろの席で、右ひじを立てて頬をそこに乗せた形で
柚木は窓から外を見た。
「何個か前に来ただけで、見える景色ってかなり違うんだな」
「………」

「お前もさ、少し違う景色見てみな」




会長選挙から3日後、副会長選挙が行われた。

1クラス40名×7クラス=240名強。
これが各学年の人数。
これが4名に振り分けられる。
推薦者には前もって100票が補助票として入れられていた。

―― 1年生から講堂に集まってください。繰り返します… ――

推薦者1名、立候補者3名。

「おい!急いで書けよ!!2年が入ってくるぞ!!」
担当職員の声が響き、残った1年が慌てて名前を記入し、箱に入れていく。
それと同時に2年が流れ込んできた。

「誰?」
久遠が創始の顔を見る。
「安藤でいいんじゃ?推薦だし」
「ふーん。面白くなりそうな組み合わせが良い!」
「新平は安藤に入れないだろうな…」
ボソッと呟いた言葉は人ごみにかき消された。


翌日。
啓介の横に飾られた写真は、慎一郎。
その下には「当選」の紙が貼られた。