「新聞見た?!!今年の立候補者1人だって」
「伊達先輩だろ?あんま目立つ先輩じゃないけど、良い人だって聞いた」
「え?俺すげー3年を支配してるって聞いたけど…」
「教師すら頭が上がらないって」
「でも、誰にでも優しいだろ?あの先輩」

今日発行の校内新聞は瞬く間になくなり、学校中朝からその話題で持ちきりとなっていた。
このクラスでも自習だというのに、クラス全体が選挙ムード。
良い噂からあまり良くない噂までひっきりなしに飛び交っている。

「…」

「伊達先輩にこびうる人増えるだろうなぁ」
「なぁ。当選確実だもんな。副会長の座狙うよなぁ、普通」

「………」

「誰、推薦すんだろ?」

「……………」

カーンカーン カーンカーン
学校内にあるチャペルが授業の終了を知らせ、同時に昼休みを告げた。

ガタ!!!

いち早く席を立ち、すでに終わらせているプリントを黒板前の教卓に置く。
そして席に戻り机の上を片すと、カバンから財布だけを取り出し教室の後ろの出口へと向かった。

「どこへ行くんですか?そんなに慌てて」
「……関係ないだろ」
廊下をしばらく進んだ所で、背中から被せられた言葉に振り返ることなく静かに、そして低く答える。
声の主はスススっと近づき、持っていた袋の1つをハイっと目の前に差し出した。
「久しぶりに一緒に食べよう」
見上げると自分の頭よりも高い位置に人の良い笑顔の伊達啓介が立っていた。
「…」

この人物を避けていたのに、この笑顔を見ると例え嫌でも最終的には逆らえない自分が
実はものすごく腹が立つ。

2−E安藤慎一郎。
帰宅部。
彼が、啓介が最終的に名前を残した人物だった。

「さぁさ。屋上に行こうか?良い天気だよ、慎一郎」
呼びなれた様子で名前を呼び、振り返ってニコリと笑う。
「名前で気安く呼ぶなといってるだろう!」
「あははは。無理だよ、慎一郎は昔から慎一郎なんだから」
「………ッ!!!」


「良い天気だねぇ。あ、鳥だよ慎一郎」
「……戻る」
スクッと立ち上がる慎一郎の腕を握り座ったままの啓介は「まぁまぁ」となだめる。
「せっかくだから。時間ももったいないだろ?」
「…」
「ホラ、座って」
軽く腕を下に引かれ、慎一郎はしぶしぶ腰を下ろした。

ガサガサと袋をあせり、サンドイッチを取り出した慎一郎が一口かじったことを確認すると
啓介はニコリと笑みを灯し話し始めた。

「生徒会選挙のこと耳にした?」
「…」
ピクっと慎一郎の動きが止まる。
「まぁ、僕の当選は確実だろうね」
「…随分自信たっぷりだな………」
「ん?そう思わないのか?他に立候補者がいたとしても、僕に対抗できる人員はなかなかいないだろうね」
変わる事のない笑顔でとんでもなく自信に溢れたその言葉を発し
ついでに、あはははっと笑う。
慎一郎は若干の距離をとったまま啓介を見た。
「…で?」
「副会長の推薦枠だけどね」

そらきた。

今日一日啓介に会いたくなかった理由を口にされ、慎一郎は思わずパックの紅茶を強く握ってしまった。
「あぁ…何やってるの。早く拭いて」
すかさずポケットからハンカチを出し、紅茶がかかった手と制服を啓介が拭く。
当の慎一郎は固まったままだ。
拭きながら啓介は続けた。

「推薦しといたよ」

「?!!!!」
「あぁ!!慎一郎……あぁあ…」
啓介の言葉に驚いた慎一郎が更に紙パックを握りつぶしてしまい
袖とズボンが紅茶の匂いを漂わせた。
「な…なんだって……?」
「僕の副会長推薦枠は慎一郎にしといたから」
「いつ?」
恐る恐る口にする。
口にして後悔した。
「2時限目と3時限目の間の休み時間に」

そうだ。
啓介…こいつは昔からこういうやつだ…。

「いやぁ、慎一郎と生徒会やれるなんて。楽しみだなぁ」
ニコニコと笑う。

「あ、変更できるのは推薦者だけだから。
自ら職員室に乗り込まないでくれよ?」


そこからのサンドイッチの味は見事に覚えてなかった。