PPPPP PPPP

机の上で携帯が踊りながらアラームを鳴らす。
柚木は寝ていた上体を起こし、携帯に手を伸ばした。
「…」

PPPPPP PP…ピッ…

読みかけの本を裏返し、そのまま机の上に置くと椅子にかけてあるジャケットを手に取る。
羽織ながら軽く伸びをした。
部屋を出ようとしたその時もう一度携帯がなった。

―― 早く!!あとお前だけ。 ――

差出人は久遠。
「はいはい」
返信するわけでもなく久遠からのメールにそう返事をしてドアを背中で閉じる。

下りるたびに少しきしむ階段をくだると、目の前に玄関が見える。
右に行けば突き当りが談話室。
左に行けば突き当りに食堂がある。
軽く左右を見渡すと時間帯的なものか、食堂はごった返していた。
早めに食事を済ませた生徒が談話室へと移動していく。
「よぉ関谷」
「よお」
靴を履いていると友人から声をかけられ、紐を結びながら顔だけ上げる。
「飯は?どっか行くとや?」
福岡出身のこの友人はいつまでたっても訛りが取れず、いつも方言で話しかけてくる。
「花見」
「なに?!!どこで??」

…キュッ

靴紐を結び終え立ち上がる。
「学校」
「学校???……開いとぉと??」
首をかしげる友人に、柚木は一瞬眉を上に上げる。
そしてニヤッと笑った。
「ばーか」



玄関のドアを開けると4人が立っていた。
「おせー」
「やっと来ましたね」
「早く行こうぜ」
「Let‘sGo!!!!」


寮から少し坂を下ると、目の前に海が広がる。
防波堤から下に下りればすぐ砂浜だ。
5人は海を左に見ながら歩き始めた。
春の夜風が潮の香りを運び、それが5人の鼻をくすぐった。

歩き始めて5分。
住宅街に近くなるとコンビニの看板が目に入り始める。
そのうちの一軒が学校と寮との丁度真ん中に存在する。
開成の生徒の利用者が一番多いのがこの店だ。
5人はその店へと向かって更に歩みを進めた。
駐車場には数台の車が止まっている。
どこにでもある光景だが、店の軒下でたむろする若者集団。
彼らを横目で見ながら店の中に入ると見事にバラけた。

久遠はお菓子コーナーへ。
柚木は雑誌コーナーへ。
新平と創始は飲み物を選ぶために一番奥へと向かい、聖は食事物を見ている。

「柚木はコーヒーだろ。俺と久遠はお茶…聖は紅茶。お前は?」
「これ!!!」
そう言って手に取ったのは新商品のスポーツドリンク。
5本のペットボトルが籠の中に転がった。
「創始!!」
名前を呼ばれ振り返って創始は唖然とする。
両手いっぱいにお菓子(主にチョコ系)を抱えた久遠が満面の笑みで
さも誇らしげに立っていた。
「な…な…なんだ!その量は?!!!」
「ポッキー3種、チョコサンドクッキー、ポテチに飴だろ…コアラのマーチもある!
あ、ちなみにこれ新味でさー見て見て!!!じゃーん!!マロンクリームー!!!!
すごくねー?すごくねー?!!」
「………」
「久遠!いい加減にしろよなぁお前」
「お…」
珍しく新平が声を上げたので、やっと俺の苦労が分かってくれたのかと創始は新平の横顔を見つめた。
「俺の好きなたけのこの里抹茶味!が入ってないだろ!!」
「あ、そうだった。取ってくるよ。じゃぁコレよろしく〜♪」
ドドドドッと籠に放り込まれるお菓子たち。
ズシッと重くなった籠の感触に創始は肩を落とした。
「まったく。わかればいいんだよ、な?創始〜」
ポンっと新平に肩を叩かれ創始はもう返す言葉もないようだ。
心の中では、店に入るなり真っ先に子守を放棄した柚木と聖を若干憎んだり。

「随分買い込みましたね。あ、ちなみに僕のおにぎりも追加お願いします」
笑顔で両手に1個づつのおにぎりを見せる。
「…ご自由に」
「では」
はい。と籠にそれを入れた。
「お、いいなぁ。聖。俺もかお〜」
いつの間にか雑誌を棚に戻した柚木が創始の背後から肩越しに籠を覗き込んでいた。
「オススメはこのエビマヨですね」
「いや、俺は王道で行く」
カツカツカツと革靴を鳴らしながらおにぎりコーナーに行った柚木は迷うことなく
梅と辛子明太を手にとって戻ってきた。

その後久遠らも夕食になるご飯系を買い込み、籠いっぱいの商品をレジへと持っていった。



それぞれ商品の入った袋を持ち、コンビニを出る。
すでに時間は7時半。
随分コンビで時間を潰してしまったものだ。
5人は急いで学校へと向かった。


ガシャン…!!!

門を前に新平が柵の1本を掴んで引いてみる。
「な?」
振り返りニカッと笑う。
「な。じゃねーだろ」
冷めた視線の柚木に、新平は両手にジェスチャーをつけて「まぁまぁ」となだめた。
裏門へ回り、閉まっている門の右から二本目と三本目の柵をくるくると回し始めた。

カラン

音を立てて外れたその隙間は、余裕で人一人が通れる。





誰もいない学校。
静まり返り、冒険心を掻き立てられる。
5人は学校で一番大きな桜の木を見つけその根元に腰を下ろした。
袋をひっくり返しお菓子やジュースを並べる。
「かんぱーい!!」
ペットボトルをぶつけ合うと、それぞれが好きなものを手にとって食べ始めた。

「いやーいいねぇ。花見」
「見つかったら停学かなぁ」
そう口にしつつも焦った様子などみじんにも感じさせない口調で
4人は花見を続けた。

花見を始めてだいぶたった頃、突然久遠が両手を広げて芝生に寝転んだ。
「…月が見える」
寝転がって見つめた先には、木々や葉、花の間を縫って見える月の姿があった。
「月?」
つられる様に見上げてみる。
「こうやってさ、月見ることないよなぁ」
にこにこと楽しそうに久遠が笑うものだから
その笑顔ををきっかけに4人とも大の字に寝転んだ。
「このまま明日になっても良いかなぁ」
創始の言葉に「そうですね」と聖も笑顔で答える。



「ばぁ」

ビクッ!!!!!
目の前に広がっていた桜と月夜がいきなりふさがれたものだから
あわてて創始は飛び起きた。
覆いかぶさるように顔を出した友人のおでこと正面衝突を起こす。
「…って……」
「お前…ばかや。急に起き上がんな…」
「急にでてくるなよ…」
痛がる二人を横目に起き上がった4人は目の前に群がる友人らに目を丸くする。
「なーに、自分たちだけ楽しいことやってんの」
「声かけろよな」
やっほーと、それぞれ自前で持ってきた飲み物を芝生の上に置く。
そしてドカドカと開いてるところに腰を下ろし始めた。
「隆から聞いてさ“関谷たち学校で花見やるらしい“って」
「で、飯食って追いかけてきたってわけ」
「いいねぇ」
桜を見上げ言葉を漏らす。
「良く入れたな」
柚木が聞くと友人のうちの1人が持ってきた飲み物を飲みながら視線だけ向けた。
「まぁな。新平が遅刻した時入ってくるとば見たことのあったけぇね」
その友人は言いながらケラケラと声を上げて笑った。
「ほぉ…」
「たかやん!それ秘密!!!」
シー!!!と、右人差し指を唇の前に持ってきて必死に左手をワタワタさせる新平を
おかしそうに他のメンバーは笑いながら見つめた。
「これさぁ、来年は生徒会に申請して皆でやろうぜ…」
ボソッと呟いた言葉に全員が笑いをやめ、桜を見上げる。

「そうだな」





帰り道。
賑やかさを増していた。

こうやってバカやれる友達がいて
何かをしていると自然と集まってくる仲間がいて

この時、この瞬間が最高だと思える自分たちがいる。