学校や寮を囲む桜の木が花を咲かせ、寒かった日々はいつのことやら。
春期休暇を済ませた生徒が次々と寮へと戻り始める日が続く。
キュッキュッッ。
赤いマジックが寮の食堂に飾られたカレンダーの一枡を「×」で埋めた。
ココはすみれ荘。
「あと一週間か……」
「寮の備品に勝手に何してんだよ…」
「だって春期休暇……ってうわ!!!…創始…」
遅めの反応を見せた磨耗久遠(今期2年)はドキドキする胸を押さえながら、
自分の背後に立ち大きな荷物を持つ中等部からの友人であり
ルームメイト兼クラスメートの鶴田創始(今期2年)を見つめた。
「うわ…全部埋めてやんの……暇だねぇお前」
赤い「×」で埋められたカレンダーを見て創始は久遠の顔を呆れた様子で覗く。
「だって、知らない間に終わりが来るより予測してた方が良いじゃん」
「……あほ」
もう出会ってから何万回も言ったその一言を残し、創始は足元の荷物を持つと食堂を後にした。
それを久遠が追いかける。
外観は長い年月をかけて出す木の何とも言えない色合いがレトロな雰囲気をかもし出し
内装も木造で古き良き建物な感じが安心感を与える。
歩くと少しだけきしむ板張りの廊下を歩きながら久遠は創始の横に並ぶ。
「なぁお土産は?なぁなぁ」
「はいはい。甘いカステラ買ってきたから」
お菓子や甘いもの大好きの久遠は目をきらっと輝かせる。
「よし!俺が持つ!!」
「え?あ!おい!!」
そしてお土産が入ってあるであろうバックを横殴りに奪うと、階段を一目散に上がっていった。
トレードマークの尻尾のように束ねた後ろ髪がものすごい足音と共に階段の曲がり角で消える。

木造の階段で三階に上がる途中
寮に残った面子やすでに帰省を済ませ戻ってきた友人や先輩数人に会い、挨拶を済ませた。
「さっき磨耗がカステラって叫びながら部屋に入って行ったぞ」
可笑しそうにそう言ったのは今期3年になる竹石アユムだ。
「あぁ…毎度すみません」
「いやーそれはどうでも良いんだけどね」
ニコッと女好きする笑顔を向けられ創始は一瞬身構える。
アユムはさっと創始の肩に腕を回した。
「もちろん…?」
「はいはい…。あとで持って行きますよ」
よ〜し。と満足そうにアユムは腕を解く。
階段の上を見るとちょうど下りようと廊下を曲がったであろうもう一人の先輩と目が合った。
「あ、大野先輩」
大野進はアユムとルームメイトでこちらも今期3年だ。
「今帰ったのか?」
「はい。チェックお願いしますね」
各寮ではもちろん寮長と副寮長が存在し、帰省時期には出寮と入寮を伝えなければいけない決まりになっていた。
寮長はそれを聞き常に寮にいる人数を把握する義務があるのだ。
「部屋に戻ったら判を押しとくよ。ホラ、アユム遅れるぞ」
「ほいほい」
アユムはポンッと創始の肩を叩くと階段を軽やかに下っていった。
すれ違うとき創始が進に声をかける。
「おでかけですか?」
創始の数段下で振り返った進が「いや」と返事をする。
「もうすぐ入学式だろ?新入生が来るからね。これからつばき荘で寮長会議だよ」
うわー…3寮の寮長、副寮長が集まるのか…。
眉をしかめ首をかしげると創始も残りの階段を上り部屋へと向かった。





カチャ…
部屋のドアを開けると久遠以外の人影に気づく。
「お前ら、もう帰ってたの」
「そ、お前が最後」
向いの部屋に住む関谷柚木は創始の机から本を一冊取り椅子に座ってパラパラめくりながら答える。
その関谷柚木のルームメイトの高屋新平、彼はいつも肌身離さず持っている白いリュックを背負い
久遠のベットに腰を下ろしていた。その手にはパソコンがもたれている。
「俺はまだいたかったけどさーお前らの宿題をコピーして売るというバイトが残ってるからさ」
そしてポットで沸かしたお湯をティーポットに注ぎながら人数分のお茶を炒れているのが
吉城快聖。みんなは彼を聖(ひじり)と呼んでいた。
「売り上げの五割で手を打ちましょう」
「たけーよ…」
創始はすでにテーブルの真ん中に置かれている2つのカステラに目をやる。
「あ、その小さいほう食うなよ」
ジャケットをクローゼットへとしまいながら言う言葉に「何で?」と久遠と新平の声が重なる。
「ワイロだよ…」
「けーっきたねー!ワイロかよ」
すみれ荘を初め各寮全てで、寮生から寮長へのプレゼントはいつの頃からか
ワイロと呼ばれていた。
「じゃぁさ、こっち食って良い?」
久遠がじーっとカステラを見つめたまま聞くので、創始はため息混じりにうなずいた。
「ちょうどお茶も入りましたよ」
ニッコリと笑顔を見せながら聖が人数分のティーカップをテーブルの上に並べた。
聖が切り分け皿に取り分ける。
「あーそういえばさっき大野先輩とアユム先輩に会ったよ。
何でも、来週の入寮式にそなえて寮長会議だってさ」
「ほぇ〜。寮長会議ね…あ!創始食い飽きてっだろ?食ってやる」
自分のをすでに食べ終えた久遠がフォークを創始のカステラへ刺し込んだ。
「あー!!!」
時すでに遅し。
「うん、美味いvvv」
「……」
「あーぁ。しーらね」
「うん、俺も」
「他人ですからね」
柚木も新平も聖も自分の皿を持つとクルリと回転し二人に背を向けた。
「わー!!!創始!苦しいっっっっ苦しいってば!!!!」
「吐け!返せ!!!!ホラッ吐き出せ!!!!」
「無理だー!!!!」
背後で行われているプロレスが丸で無いものかのように、3人は会話を進めた。
「入寮式って来週の日曜よな?」
「そうですよ。日曜には去年の僕たちがわんさか来ますね」
「何か1年をカモにできる良いバイトないかなぁ」
うーん…とフォークを口に加えたまま腕組みして新平が悩みだす。
「やめろ」
そんな新平の頭を軽く小突きながら柚木は聖に向き直った。
「じゃぁ入学式が月曜か。行くの?」
「そうですねぇ」
開成の入学式は先生から指定された準備をするための上級生以外は自由参加になっていた。
「火曜がクラブ勧誘会ですしね。準備に行こうか迷ってるところですよ」
「あー勧誘会か…俺ら何やんのかな」
「あ、月曜行くよ〜俺たち♪」
創始に押さえ込まれたまま久遠がイエーイと親指を立てる。
「なんで?」
自分の上からの言葉に久遠は力が弱まったのを見計らってするっと抜け出た。
「昨日パンダが寮に来たっしょ?で、1Fの談話室に貼って行ったよ、指令表」
「笹島先生来てたのか…」
「知らなかった…」
「そういう事ではなくて」
一人冷静にお茶を飲む聖が言葉を挟んだ。
「なぜ今期2年の僕たちが行かなくてはいけないかって事ですよ」
「見にいこっか?」





――― 入学式に向けて 指令表 ―――

下記の生徒は入学式が行われる4月6日(月曜)
準備のため8時に学校集合。    

                      2C担任 入学式総責任者 笹島



紙には3年の名前がズラリと書かれており
その一番下には創始、久遠、柚木、新平、聖を初め2年の名前が10名ほど書かれていた。
「めんどくせーな」
「1,2…3,4,5,6………。全部で30人だ」
「すみれ荘からはアユム先輩と大野先輩と俺たちか…」
「基準がわからん…」
「…。多分、あの人たちが原因だと思いますよ」
聖が指した先には玄関で靴を脱ぐアユムと進の姿があった。
自分たちを見つめる10個の目に気づいたのか二人は笑顔で近づいてくる。
「あ、見ちゃった?」
全員がうなづく。
「お前たちは、俺らの推薦」
「推薦〜〜〜〜?!!!」
4人の声が重なりアユムと進は軽く拍手を送る。
聖は軽くため息をついた。
「そういうことだろうと思いましたけどね」
「ま、来週は頑張ってくれよっ」
ルンルン気分でアユムは談話室を後にする。
「その代わり入寮式は他のやつに手伝わせるから」
じゃっと進も出て行く。
「こき使われるのか……」
久遠と聖以外は大きなため息をついた。