「Trick Treat!!!」
「お菓子くれないと悪戯しちゃうぞ〜!!」
「Trick Treat!!!」
「Trick Treat!!!」

元気なオバケたちの声が街中に響く、それはたった一夜だけのお祭り。
子供たちは思い思いの仮装をし、街中を練り歩く。
小さな籠や袋を手に、一軒一軒ドアをノック。
「お菓子くれないと悪戯しちゃうぞ!」
その言葉に大人たちはニッコリ笑って用意しておいたお菓子を配る。
小さなオバケたちの籠も袋もポケットも、貰ったお菓子でパンパンだった。


空は満月。

子供たちと同じように、この日を楽しみにしている子の影が
満月にくっきり浮かび上がる。


「フフフ〜。そのお菓子、全部私がいただいちゃうんだから♪」


クルクル巻き毛のポニーテールはオレンジ色で、同じ色のかぼちゃパンツに
黒色マントに黒色ブーツ、それに魔女帽子。
ニタッ笑った口元と目元はどこか毒々しく、何かを企んでいるようなの雰囲気さえ漂わせている。
ただ、普通の魔女と違うのは…乗っているのがホウキではなく「大きな鍵」だと言う事。
手には青白い手袋をはめ、大きなリングを握っている。
そのリングにはいくつもの鍵がぶら下がっていた。

彼女の仕事はハロウィンの日に「死者の棺桶」の鍵を開けて回る事。

「さーっお仕事お仕事♪…っと、その前に」


彼女は重心を傾けた。
手に持つ鍵がぶつかり、キー…ンと冷たい音を立てる。
そしてそのまま地上へと向かって下降し始めた。


「わーい、お菓子いっぱいだ〜」
「ヘヘッ大漁大漁。あ、マリッサいいなぁチョコだ」
「ダーメ。あ、じゃぁ…その飴と交換なら良いよ!」
ニッコリ笑った可愛い魔女が小さな狼男にチョコを差し出した。
「ヘヘ。いいぜ、じゃぁこの飴と…」
狼男がポケットから飴を取りだそうとした時、2人は頭上になにやら気配を感じた。
月明かりがまぶしいほどだったのに、急に視界が暗く閉ざされたのだ。
視線を上げると、そこにはニタっと笑いながら鍵に乗った魔女が浮かんでいた。

「Trick Treat★お菓子くれないと、イタズラしちゃうぞ〜」
ニタッと笑った顔のまま音も立てず二人に近づき顔を寄せる。

「う、うわああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
「あぁ!!!リックまってよぉ!!!!」

「フフッ、いっただきぃ〜♪」
地面に落ちたお菓子を拾うとペリっと飴の紙をはぐ。
親指と人差し指で飴をつまむと、ピーンと弾いて宙に投げた。
満月に照らされた飴がキラッと光って彼女の口に落ちていく。
「っん。さぁ、行きますかっ」
残りのお菓子をゴソゴソとポケットにしまうと、軽く地面を蹴る。

キーン…キー…ン

鍵は空に向かって急上昇した。



空を飛ぶ彼女の長いポニーテールが風になびく。
それだけで彼女がどれ程のスピードで飛んでいるかが容易に想像できるほどだ。
嬉しそうに楽しそうにクルクル回りながら空を飛ぶ。
年に一度だけ、彼女に仕事が与えられる日。
彼女はそれがとても嬉しくてたまらなかった。
「クスクス。思いっきり人間たちを脅かして、怖がらせてやるんだから」
月夜に浮かんだ彼女の笑顔には、本来の魔女と言うイメージを定着させるには
十分すぎるほどの冷たさを含ませていた。


彼女は街外れの小さな墓地に向かって急降下した。
カサ…
枯れ草が微かな風に小さく乾いた音を立てる。

彼女はこの墓地に合った鍵を手に持っていた幾つもの鍵の中から選びだした。

「さぁ、あなたたちもお仕事よ」
含んだ笑みを浮かべたまま、墓地の中の石碑の1つに近づく。
その石碑の前でフヨフヨ浮いたまま、パチンと指を鳴らす。
石碑は淡く不気味な光を放つと、そこに鍵穴を浮かび上がらせた。
「♪」
丸みを帯びたこの墓地の棺桶の鍵をその鍵穴へと近づける。
彼女の手を離れた鍵は音もなくゆっくりと回転した。

「あはv来るわ来るわぁ」
浮かんでいる彼女の影が落ちている場所がメリッと盛り上がる。
土が割れ、草の根があらわになった。
「来たぁ♪」
土の割れ目から、もう人の肌の色とは丸で違う色をした腕が現れた。
腕は地面を押さえるように力を込め、まだ土の中にある体を持ち上げようとしている。

目の前に立つ死者をみて、彼女はニッと笑った。
「おはよう」
もちろん返事などない。
けれども、彼女は自分の前に死者がいる事を嬉しそうに眺める。
肌色などとはもう言えない、どす黒く変色した肌にボロボロに抜け落ちそうな髪の毛。
地中から出てきて体中には土が付着している。
彼女は満足そうに「フフフン」と鼻で笑った。
「いいんじゃない?さぁ、お仕事いってらっしゃい♪」

彼女の言葉に死者はフラフラと動きながら墓地を出て行く。
その後姿を見送った彼女は満足げに「よーし」と頷いた。
そして鍵のついたリングをくるくる回しながら他の石碑にも先ほどと同じ事を繰り返した。
「よーし!ココは終了。次行くわよ〜♪」
るんるん♪と鼻歌交じりに空へと浮かび上がる。
空から見下ろすと、先ほど自分が鍵を開けた死者達が街に向かって歩いているのが見えた。

「Trick Treat♪Trick Treat♪♪今日は楽しいハロ〜ウィン♪」
彼女の鼻歌はそのうち自分で歌詞をつけた歌へと変わっていた。
次に目指すのはこの街で一番大きな墓地。

「街中の死者を蘇らせるのよ。ねぇ、それが私の仕事なの」
誰に言うわけでもなく、その言葉はずっと自分と一緒にいる月に向けて発していた。
驚くほど大きな満月がそんな彼女を静かに照らしていた。

街で一番大きな墓地に着いた彼女は、さっきとは違う鍵を選ぶ。
そして、またさっきの墓地と同じようにそれぞれの石碑の前で指を鳴らした。
小さな墓地とは比べ物にならないほどの死者が蘇る。
辺り一面、死者が出てきた穴が幾つも出来上がっていた。
「いってらっしゃい」
彼女がニッと笑うと、それを合図にしたかのようにぞろぞろと歩きだす。



どれほどの時間がたっただろうか。
彼女は街にある全ての墓地で鍵を開けて回った。
時間はすでに夜中。
お菓子を貰って歩いていた可愛いオバケたちはすでに夢の中。
これからは本当のオバケたちが街を歩き回る番。
彼女は街で一番高い時計塔のてっぺんにいた。
空を見上げると月に浮かぶバンパイアとそれを追いかけるコウモリの影。
地上を見下ろすと、自分が鍵を開けて外へと出した死者の行列。
ミイラ男に、狼男…カボチャ頭が中に蝋燭の火を灯し、フワフワと浮きながら歩いている。

「フフフ。お目見えね」


今から子供たちに代わって彼女たちの一夜だけのお祭りが始まる。



「Trick Treat。お菓子くれないと、イタズラしちゃうぞ?」





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