「まさか本当に持ってくるとは思わなかったよな、光二君」
創始は昼休みを利用してEクラスに来ていた。
「…うーん」
柚木は例のごとく窓際一番後ろの席に座り、両腕を伸ばすように上半身を窓枠に預ける。
創始は柚木のひとつ前の席に座り、椅子に馬乗りするように柚木の方を向いていた。
「それにしても、久遠遅いな」
購買部で買った牛乳にストローをさしながら、もう片方の手は袋の中を漁り倒す。

「…すげーな」
ドアがガラっと開き、Eクラスの友人が数人入ってきた。
「どうした?」
お茶を飲んでいた柚木が顔を上げる。
「久遠だよ」

「…………」

友人らの言葉に二人は目を見合わせ、そして軽くため息をついた。
「ちゃんと繋いどけよ」
「いや、犬じゃないから…」
「似たようなもんだろ〜」
笑う友人の裾を創始が引っ張る。
「で、久遠がどうした?」
不安そうな創始の表情を察したのか、友人は苦笑しながら親指で廊下を指した。

「磨耗!!!!まてえぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
「待ったら捕まる!!!!!!!!!!!」
「当然だろう!!!!!待てえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」
「ぜってーいやだあああああああああああああああああ」

ドアから顔を出した途端膝から崩れ落ちる創始と柚木。
目の前を久遠が猛スピードで駆け抜けていく。
その後ろを鬼の形相で追いかける体育教師の勝村邦和(25)。
「よその学校の制服で堂々と来るバカがどこにいる?!!!!!!!!!!!!」

「……そこにいる」

柚木がボソリと呟く。
「突っ込んでる場合じゃないだろ」
はぁ〜っと創始はため息が止まらない様子で肩を落とした。
「とにかく追いかけよう」
「…あいつ、昼飯食えなかったら恨むぞ」



久遠と勝村が駆け抜けて行った方向に進むと、勝村がきょろきょろしていた。
「かっちゃん」
声をかけられ、その声の主を確認した勝村はズンズンとすごい表情で近づいてくる。
「ち…近いよ、顔……」
「お前ら、ちゃんとしつけしてるのか?!!!」
「いや…だから犬じゃないって…」
どんどん近づく勝村の顔に、創始はどんどん体が沿っていく。
勝村は「ふん」と言うと、顔をはずし腕組みをした。
それに対してホッとしたように創始も上体を起こした。
「似たようなもんだ。ったく、何考えてんだあいつ」
「まったくねー」
柚木が勝村に気づかれないようにメールを送りながら答えるが
当の勝村は何かを思いついたのか、ハッ!としたような表情になり組んでいた腕を解く。
「あいつ…」
「ん?」
二人の声が重なる。
「もしかしてこの学校に不満があるんじゃないのか?!!!そうなのか?!!!!
何故言ってくれないんだ磨耗…そんな遠まわしな事をしなくても、一言相談してくれれば俺は…俺は…!!!」
あぁぁぁぁぁぁ!!!!と両手で顔をおおい天を仰ぐ。
「相変わらず妄想ぶっちぎってるね」
「あーそうそう、うん。その通りだよ」
「え?!」
いきなり同意し始める柚木に、創始はギョッとしたような顔を返した。
「そうなんだよね。でも、ホラあいつ開成大好きだしさ、今自分の中で葛藤してるわけだよね。
今日一日自由にさせてやってくれればあいつの中でも答え出るはずだしさ
かっちゃんには相談したかったと思うんだけどさ、ホラ?心配させたくないって言う久遠の気持ちだよ。
あいつ、かっちゃんの事…兄貴みたいに慕ってるから」
「そ、そうだったのか…」
「えぇ?!!!!(信じるの?!!!!!!!!)」
ツラツラと並べられた嘘にビックリした創始は、それを全て信じている勝村に更にビックリした。
左を向いていた頭が思いっきり右へ移動する。
「わかった」
勝村が柚木の肩を両手で掴む。
「あいつの事はお前らに任せたぞ。先生方の事は俺に任せろ。
あいつの気持ちは良く分かったから…追い掛け回してすまなかったって伝えてくれるか?」
「あ、本当?助かるよ。かっちゃんの気持ちは必ず伝えるから」
ニコニコと笑顔で答える柚木に、勝村は「そうか、あいつは俺を慕っているのか…可愛いやつだ」
そう呟きながら2人に背中を向けて歩き始めた。

「熱血で助かったな」
「久遠がかっちゃんを慕ってるなんて話、聞いたことないんだけどさ…」
「俺もないけど。まぁ、取り合えず解決したし」
やっぱり嘘か!!!!!!!
創始の動きが止まる。
それに気づいた柚木が数歩先で立ち止まり振り返った。
器用に左眉だけを上げて両手をポケットに突っ込んだ。
「仕方ないだろ。俺の嘘に愕然とする前に、俺の嘘をほめてほしいね。
あぁでもしないとあいつは捕まってたぞ。そして俺たちはとばっちりだ」
「…た、確かに」
「だったら、文句を言う前にお礼を言え」
「あり…ん?何で俺がお前に!!!!!!」
「あ、気づいた」
ケラケラと笑いながら柚木は「上行こう」と天井を指した。


屋上の重いドアを開けると、ベンチに座った他校の制服を発見した。
「おせーよぉ〜。メール見たなら早く迎え来てほしいなーもう」
ポッキーを頬張りながら、片手にはジュース。
隣で柚木の顔が引きつっていくのが創始には手に取るように分かった。
「俺、止めないからいいぞ」
ボソリと呟かれた言葉に、柚木が「そうか。それは助かるな」と静かに答える。
二人がゆっくり近づくと、ベンチの背もたれ越しにポッキーが差し出される。
「食う?」
「…」
笑顔だが口端は引きつっている。
「あ、かっちゃん巻いてくれた?いやー流石柚木!!!」
袋から一本を出し、先っぽを久遠がかむと、ポキっと良い音が鳴る。
久遠は満足そうにそれを繰り返した。
「おまえはぁ〜………いい加減にしろよ」
言葉は静かだがその行動は真後ろから久遠の首をロックしている。
「ヴ…ッ!!!!!!ギブギブ!!!!!!!」
バンバンと久遠が何度も自分の喉元に回された柚木の腕を叩いた。
「ちったぁ反省しろよ」
「してる!してるから!!!しっ死ぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅl!!!!!!!!!!!!!!!!!」

ゲホゲホ。
喉を押さえ何度も咳き込む久遠を「可愛そうに」と見てはいるが
助けようとしなかった創始が口を開いた。
「午後の授業どうすんの?」
「このまま受けるよぉ…ケホリ」
「着替えは?」
「保健室。光二君に隠してもらってる」
ほほぉ〜っと柚木が返事をした。
「それは、必死で隠してくれるだろうな」
「みつかれば自分が怒られるからな〜…なんせ、それ光二君の制服だし」

「取り合えず、教室戻ろうぜ」
携帯で時間を確認しながら柚木が呟き、それを聞いて久遠も立ち上がった。
「あー満腹♪」
大きく伸びをしながら目を細める。
「俺らは空腹だけどな…………」
「結局食いそびれたな」
「…」
「え?!なに何???食ってないの?????昼飯食わなきゃ午後もたないって」
はーやれやれ、と肩をすくめる久遠に柚木の鉄拳が飛ぶ。
「ぎゃん!!!」
「だーれのせいだーだれのー」



「お、来た来た」
久遠と創始がCクラスに戻ると話題の中心であった久遠に惜しみないほどの拍手が注がれた。
「なに?お?イエーイ!」
訳も分からず両手親指を立ててぐっと前に差し出す。
「ばかだねぇ、お前も」
「確認しなくてもバカだ」
ケラケラといたるところから笑いが漏れる。
「それ、どこの制服?」
「…さぁ」
多分近くでない事は確かだ。
しかも、念には念をと校章ははずされていた。

「席につけー」
教科書と出席簿を脇に挟み、教師が入ってくる。
そしてその目には真っ先に久遠が移りこんだ。

「磨耗」
「はーい」
「勝村先生から事情は聞いてる」
事情。
その単語に久遠はかすかに首をかしげる。
隣で創始が小さなため息をついた。
「納得がいくまで悩みなさい。青春は悩むことだ!いいな!」
「……なぁ、先生何言ってんの??」
机から微かに体を右にずらし、そっと創始に耳打ちする。
「柚木の努力を無駄にするなよ。取り合えず、頷いとけ」
「…良くわかんないけど…了解」」
ガタンと立ち上がる。

「ありがとう先生!俺悩むね!!!」

何かが違うことに創始だけがため息をついていた。